知るということ〜人生日記12〜

希死念慮からはこうして何年もかけて立ち直りました。

そう(死にたい)思ってしまったらフィジオロジーを変えることで感情を変えてきました。

でも、そもそも何故そう思ってしまうのか。。。
ということです。

めまい、耳鳴り、頭痛、、、

数年間で何度も病院に行き、その度に異常なしと言われて来ました。

内科、耳鼻科、脳神経外科等。

腎臓、肝臓、心電図、頭部MRI、、、

全て異常なし。

何度も何度も検査をし、「異常がない」という結果をうけて初めて「自律神経失調症」と診断されるわけです。

起き上がることが出来ないことが多く、携帯でいろいろ調べました。

きっと自律神経失調症だろうと思っていましたので

病院での診断はわかり切っていました。

いろいろ調べていくと、どうやら秋口と春先はホルモンのバランスが崩れ

症状が強くでることが多いらしいのです。

その季節には電車の人身事故が多いのも関係しているようです。

それを知ってから、その季節に症状が強く出ても悲観せず

女性の月のものと同じようにとらえて過ごすことができました。

この季節が過ぎれば、、、と。

そしてなぜ急にカーッとなってしまったり

くらくらしてしまうのかもわかってきました。

なるほど。

自分に起こっていることを「知る」ことで

悲観せずに客観視し、どう過ごしたら良いのかが見えてきました。

とにかく「知ること」「調べること」

それが大切だということを知った経験でした。

今でも、なにかあるとすぐに調べています。

「無知」というのは「罪」なのです。

「知らない」ゆえに自分を憎み傷つける。

自分だけでなく、他人のこともそうです。

昔からなんでも知ろうとするところはありましたが

この経験は知れば苦しいことも苦しく無くなるのではないか。

知れば、不愉快な出来事も、不愉快でなくなるのではないか。

と強くわたしに思わせる経験でした。

その経験もあり、わたしは対人関係で怒ることは滅多にありません。

相手が一般的に「失礼」と思われることを言ったとしても、

何故そう言ったのか、その人の価値観はどんななのか

その人の背景はどんななのか?

と知ろうとするのです。

すると、大抵怒る感情は湧いてきません。

むしろ「もっと知りたい」と思うのです。

「知ろうとすること」は、人生を穏やかにする一つの方法ですね(*´▽`*)

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