男の子のように~人生日記3~

その後どのように育てられたかというと、 まるで男の子のように育てられましたww

わたしが5歳くらいの時から我が家にはカラオケがありました。

当時は「ハチトラ」と言って8トラックの機材でした。

杉 良太郎さんのすきま風とか歌ってました♪
すると父に
「歌はうまく歌おうと思うな。腹から声出せ!!」
と言われました。

そのお陰でカラオケBOXで思いっきり歌うと、耳をふさがれますww

小学生に入ると
「字はうまく書こうと思うな。大きく堂々と力強く書け!」

素直に従っていたので、後々男のような字がコンプレックスになり
通信教育でペン習字を習ったのでしたww

「家に帰って来て勉強するな。真っ黒になるまで外で遊んで来い! 」

「授業をしっかり聞いていればテスト100点取れるだろう。」
「ケンカは負けて帰ってくるな。」
どうです?
女の子の育て方じゃないですよね?
5年生のころ父とキャッチボールをしていたのですが そのキャッチボールは真顔です。
わたしがグローブでボールを弾いてしまい顏に当たり後ろへそらしてしまったんです。
走って取りに行って戻ると父は黙ってグローブを構えていました。
女の子が顔にボール当たったんですよ?
でも、わたしはそれが普通になっていました。
そんな父とのキャッチボールも大好きでした(*^^*)
転んで膝を擦りむいて帰ると、父はニコニコ嬉しそうにしていましたww
「なんでもいいから1番になれ!」

とも言われていました。

わたしは走るのが速かったので、よく男の子と競争してました。
低学年のうちはわたしに勝てる男子は居ませんでした。

5年生の時、クラスの男子二人が取っ組み合いのケンカをしていました。
周りの女子は怖がって離れたところから 「やめなよ!」と言っていました。
なかなかやめる様子がなかったので わたしはスタスタと近寄り、一人の男の子を背中から抱えて グルンと吹っ飛ばしたのです 笑

これでケンカは終わりました。。笑

わたしは団子っ鼻なんですが父によくこういわれました。
「団子ッ鼻は人の上に立つんだぞ!」

また、足の人差し指が親指より長いので
「親より出世するぞ!」
と。

わたしの父は自営で工務店をしていましたので わたしはそれより出世するのだから、「社長」になるのは当たり前と思っていました。

こうしてだんだんと男の子のようなわたしが作られて行きました。
「普通の女の子とは違う」と思うようになって行きました。

続く

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